


| 昭和30年(1955) | 愛知県豊橋市生まれ |
|---|---|
| 昭和53年(1978) | 早稲田大学商学部卒業 トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車)入社 トヨタでの職歴
計26年 ![]() 本社部門(人事・財務・原価企画)9年、工場部門(本社工場・田原工場)17年と本社機能、工場機能のそれぞれを幅広く経験。 特に工場では生産管理と原価管理という「石垣」づくりとトヨタ生産方式自主研メンバーとして「天守閣」づくりの両方に長年従事。 |
| 平成16年(2004) | トヨタの基幹職チャレンジ・キャリヤ制度(他社への転出支援制度)によりトヨタを退職(退職時資格は課長級) オーエスジー株式会社オーエスジープロダクションシステム推進本部副本部長就任 消耗性工具(ドリル・タップ・エンドミル)専門メーカーで自動車関連以外の業種の現場改善活動に従事。 |
| 平成19年(2007) | 豊田生産コンサルティング株式会社設立 |


年齢 56 才(1955年1月23日生まれ)
トヨタ自動車ではメカトロシステム部、田原工場機械部、エンジン生技部に所属し、設備の設計・製造、エンジンの製造、設備の保全、生産準備及びエネルギー、温室ガス管理業務を経験。
トヨタ自動車入社後にTPS,TPM,TQMは、毎日の業務の中で身につけ、設備の仕様に織り込んできました。
働く人が楽しく働ける職場、利益の上がる職場、安全な職場にするため、働く人と一緒にカイゼンする。
トヨタ自動車で31年間勤めましたが、トヨタにいる間は、トヨタ生産方式を良く知らない人に、トヨタ生産方式だと言って「無理なカイゼンを押し付けていました」。無理なカイゼンとは、工程間にストックを無くすことです。
工程間にストックがないと問題が発生したときに、全工程が停まる事になります。これは見える化の極端な例で、ラインが停まるので問題解決ができる訳です。しかし全ての問題を解決することは、できません、壊れたら修理が必要ですし、部品交換も必要です。各々の実力に合ったストックをつくり、ストックを減らす事がカイゼンとして見えるようになります。私たちは、ストックの無い理想ラインを目指して、協力しますが、皆さんと「理想ラインとは何か」を話し合うことが一番重要だと考えています。


年齢 55才 昭和30年(1955年)
学歴 ハワイ州立大学(1976年)
| ①1976年: | アドレスデータ(株)入社 開発部長 |
|---|---|
| ②1979年: | イメージ情報開発(株)入社 新規事業開発部長、営業開発部長 |
| ③1983年: | 同社名古屋営業所設立 名古屋事業部長、名古屋営業所長 共同イメージ(株)名古屋営業所長兼務 (株)共同通信社との合弁会社 |
自身が経験したデンソー天津工場への自動化ライン導入にTPSの理念を加え、現場の方々がそれぞれ自身の現場に誇りをもてるような現場創りのお手伝いをしたい。


| 昭和20年(1945) | 生まれ |
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| 昭和39年(1964) | 大分県立安心院高等学校卒業 トヨタ自動車本社工場機械部配属 |
| 昭和51年(1976) | 第一生産技術部工具整備課(三好工場) 班長 |
| 昭和58年(1983) | 第一生産技術部工具整備課(上郷工場) 組長 |
| 平成2年(1990) | 第一生産技術部工具整備課(田原工場) 工長 |
| 平成8年(1996) | 第一生産技術部工具整備課(三好工場、明知工場) |
| 平成9年(1997) | 電子部品製造部(広瀬工場) |
| 平成10年(1998) | トヨタ自動車東北株式会社 電子部品1課 課長
トヨタでの主な職歴
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| 平成18年(2006) | 株式会社キョウドー 安全部 部長 高所、感電、有機、粉塵、振動の特別教育講師資格取得 |


| 昭和21年(1946) | 生まれ |
|---|---|
| 昭和36年(1961) | 秋田県立米内沢高等学校卒業 トヨタ自動車 第一生産技術部 工具整備課配属 |
| 昭和55年(1980) | 1級工具研削技能士(切削工具研削作業)取得 |
| 昭和56年(1981) | 職業訓練指導員資格取得 |
| 平成元年(1989) | 第一生産技術部工具整備課組長昇格 |
| 平成5年(1993) | 科学技術庁長官賞受賞 創意工夫金賞受賞 |
| 平成18年(2006) | トヨタ自動車を定年退職 海外各工場(インドネシア、天津、長春、マレーシア、タイ)で、工具の生産準備及びトラブルシュート指導実施。 |